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彼らの手と、私の心

第4章 第3話 ― 北翔 ―


仕事の帰り道、ふと目に入ったバーの看板。
「静かに過ごせそうだな」と思って、
気づけばドアに手をかけていた。

中は照明が少し落とされていて、
木のカウンターが柔らかい光を反射していた。
カウンターの奥に立つ男性が、静かにグラスを磨いている。

「いらっしゃいませ」

落ち着いた声。
視線を上げた彼の目が、ほんの一瞬だけこちらをとらえた。
けれど、すぐに穏やかな笑みに変わる。

「初めてですよね。何を飲まれますか?」

その低い声が不思議と心地よくて、
少し緊張がほどけていくのを感じた。

「じゃあ……おすすめをお願いしてもいいですか?」
「もちろん」

彼は軽く頷き、手際よくグラスを取る。
氷を入れる音、シェイカーを振る音、
その一つひとつが夜のリズムみたいだった。

「どうぞ」
目の前に置かれたカクテルは淡いピンク色。

「名前、ありますか?」
「“トワイライト”。静かな夜に似合うお酒です」

口に含むと、ほんのり甘くて優しい香りがした。
まるで彼の声みたいに、落ち着いた余韻を残す。

「……おいしいです」
「それはよかった」

グラス越しに交わした視線が、
静かなバーの中で、やわらかく重なった。

彼の笑顔が、照明よりもあたたかく見えた。
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