第19章 if 決戦前夜
風が、戦場を渡っていく。
赤く染まった砂の上を、血よりも静かに。
その風の中に、あの夜の匂いがあった。
白き刃が、主と共に散った夜――
すべてが終わったはずの夜の、記憶の残り香だ。
「……行くぞ、クルガン」
「――ああ」
背中合わせに立つ。息を合わせる。
どれだけ戦を越えても、どれだけ血を浴びても、この呼吸だけは変わらなかった。
前方に、彼らがいる。
英雄と呼ばれた者たち。
“あの人”が憎んだ都市同盟の象徴たち。
そして――“あの人”を止めた者たち。
手にした刃が重い。
老いたわけじゃない。
あの戦場で、心のどこかが置き去りになっているだけだ。
それでも、この国のためならば。
滅びかけた祖国に、最後の矜持を残すためならば。
戦えぬ理由など、一つもない。
「来い!」
叫びは炎のように空気を裂き、剣と剣がぶつかる。
一歩ごとに、骨が軋む。
一撃ごとに、血が滲む。
だが、不思議と痛みは恐ろしくなかった。
――この痛みの先に、終わりがあると知っていたから。
***
どれほどの時間が経ったのか分からない。
地面が遠くなったとき、初めて、自分が膝をついたと気づいた。
「……やるじゃねえか」
口の端から血が滲む。
膝をつくクルガンの姿が、ぼやけた視界に映る。
彼の口元も、同じように赤い。
「クルガン」
「……なんだ」
「悪くないな」
「……ああ。悪くない」
かすれた笑いが、二人の間にこぼれる。
この国のために剣を振るい、この国のために倒れる。
それが、最初から決まっていた自分たちの終わり方だった。
目の前の“敵”が何かを言っている。
その声はもう耳に届かない。
風の音だけが、やけに鮮明に聞こえる。