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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第19章 if 決戦前夜


「生き延びたら、お前の歩む明日を、遠くからでも見守らせてくれ」

「……それは、約束になりません」

「いいんだ。それでいい」

どれほどの時が過ぎたのか分からない。
気づけば夜は深く、窓の外は群青に染まっていた。

「そろそろ、行く」

言うと、彼女の体がびくりと震えた。
裾を掴む手が、ほんの少しだけ強くなる。

「……行かないで」

「行かないわけには、いかない」

「……嫌です。貴方まで、失いたくない」

「それでも、行かなくてはならない」

涙がまた、彼女の頬を伝う。
その一滴一滴が、心に穴を開ける。
それでも、もう止まれない。

「……シード」

名前を呼ぶ声が震えていた。
それは、初めて彼女が俺の名を呼んだ夜と同じ声音だった。

「……ありがとう。生きろと言ってくれて、ありがとう」

「ありがとうを言うのは、俺の方だ」

そっと腕を解き、彼女の前から立ち上がる。
視線が合う。
彼女は泣いていた。けれど、ただ泣くだけではなかった。
涙の奥に、確かな“生”があった。

「――生きろ」

それだけを残し、俺は背を向ける。
扉へ歩き出すたび、足が重くなる。
心の奥で、何かが千切れる音がした。

「さようなら」とは言わなかった。
言えば、本当に終わってしまうから。
だから、ただ一言。

「……またな」

扉が閉じる瞬間、背後で小さく布の擦れる音がした。
振り返らなかったが、分かっていた。
彼女がまだ、裾を掴んでいることを。

その温もりを、俺は胸の奥に刻んで戦場へ向かう。
たとえ、もう戻れないとしても。
たとえ、この命がそこに消えるとしても。

――彼女が生きる世界を、守るために。



そして夜が明ける。
世界は無慈悲に、いつも通りの朝を連れてくる。
だが、その朝を彼女が迎えられるのなら、それでいい。

白き刃は、再び歩き出すだろう。
それはもう、誰かの剣としてではなく、アルネリアが選んだ“生”の証として――。
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