第18章 if もしもあの時、止めていたら。
戦場を離れる道は、ひどく長く感じた。
一歩進むたびに、背後へと視線が引かれる。
あの場所に、彼がいる気がして、何度も足が止まりそうになる。
「止まるな。今日だけは」
「……分かっています」
今日だけ――それは、たった一日の約束だ。
だが、“生きる”という選択は、いつだって一歩目から始まる。
白い髪が風を拾い、頬には乾いた涙の跡が残っていた。
腰に剣はない。
それでも、彼女は歩いていた。
剣ではない足で、剣ではない呼吸で。
「……ありがとう、アルネリア」
小さく呟くと、彼女は振り返らずに答えた。
「いいえ。――生きることを、命じてくださって、ありがとうございます」
それきり、二人は黙った。
沈黙が悲しみを削ぎ落とし、残された芯を少しずつ磨いていく。
歩幅が合う。それだけで、今日を生き延びられる気がした。
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【あとがき:彼の祈り】
その日、彼女は死ななかった。
翌日も、その次の日も。
彼女の心は、きっとこの先もルカ様と共にあるだろう。
誰かを想うことも、愛することも、二度とないかもしれない。
それでいい。
それで、いいんだ。
俺の愛は報われない。
それは最初から分かっていた。
けれど、この胸の奥に燃える想いは、決して無駄じゃなかった。
彼女が生きている――それだけで、この世界は少しだけ美しい。
彼女の歩む未来に、俺はもういないかもしれない。
だが、祈りはきっと寄り添っている。
風のように、影のように、静かに。
白き刃は、なおこの世に在る。
それはもう誰かの命にだけ従う刃ではなく、
“彼女自身の意志”で、今日を生きるための刃だ。
そして、俺はその歩みを、誰よりも近くで見届けていた。