第18章 if もしもあの時、止めていたら。
「お前が剣であっても、俺のことを決して見ないとしても、それでも――お前が生きているこの世界が、俺には必要なんだ」
アルネリアは何も言わなかった。
ただ、瞳を伏せたまま、震える手を胸に当てる。
その奥で、ずっと凍りついていた何かが――微かに、ほんのわずかに、動いた。
剣が手から落ちた音が、やけに遠くに聞こえた。
まるで別の世界の出来事のように、乾いた響きが地に吸い込まれていく。
彼女は震える指先を胸元に添えたまま、動かない。
瞳の奥には、まだ深い絶望が渦巻いている――それでも、ほんのわずかに、光が滲んでいた。
「……それでも、私の心はこの方と共にあります」
静かな声だった。決意ではなく、祈りに似た響き。
俺は頷くしかなかった。
「分かってる」
「この先、誰を想うことも、きっとありません」
「それでもいい」
「私が生きることは、あなたを傷つけるだけです」
「それでも、生きてくれ」
言葉が喉を突いて出た。
それは願いだった。祈りだった。叫びにも似た、本音そのものだった。
彼女は、ゆっくりと膝をついた。
細い肩が震えている。
冷たい地面を握りしめ、涙がぽたりと落ちて、土を濡らした。
「……なぜ、そんな顔をなさるのですか」
「……お前が生きてくれるなら、それだけで、俺は救われるから」
笑おうとしたが、頬は強ばって動かなかった。
胸が締めつけられ、息が詰まる。
それでも、構わなかった。
この痛みこそが、彼女を生かすための代償なら、喜んで受け入れる。
風が、二人の間を通り抜けていく。
夜が明ける。東の空が白み始め、瓦礫の上に光が落ちる。
彼女は、ゆっくりと立ち上がった。
亡骸を前にしても、もう剣を抜こうとはしない。
代わりに、両の手を胸の前で組み、静かに目を閉じた。