第18章 if もしもあの時、止めていたら。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
涙が尽きたのか、声が枯れたのか。
やがてアルネリアは静かに顔を上げ、亡骸のそばに置かれた短剣へと手を伸ばした。
「アルネリア」
声をかけた。だが、彼女は振り返らない。
手は迷いなく剣を取り、そして、自らの胸元へとその切っ先を向けた。
「……最期まで、お傍に」
その言葉が終わるより早く、俺はその刃を掴んでいた。
素手で掴んだ刃が皮膚を裂き、血が滲む。
それでも構わなかった。痛みなんて、どうでもよかった。
「やめろ」
「離してください」
「離さない」
「お願いします、ルカ様のもとへ行かせてください」
「行かせない」
「……何の意味があるというのです」
声が震えていた。
「もう、この身は剣でしかなかったのに。主なき剣など、何を斬れというのです」
「意味なんて、なくていいんだ」
思わず声が上ずった。
肩を掴む。細い体が揺れる。
彼女は抵抗しようとするが、力は弱い。
それでも、瞳には“死”しか映っていなかった。
「このまま生きて、何をしろというのですか。斬るべき敵も、守るべき方も、もうこの世には――」
「……俺が、それでも生きてほしいと思っている」
沈黙が落ちた。
風が吹き抜け、瓦礫の壁が軋む。
それでもアルネリアは動かない。動けなかった。
「お前が剣として在りたいなら、そうすればいい。けど、剣は“誰かのため”じゃなくても在っていいはずだ」
「……っ」
「誰も守れなくても、誰にも必要とされなくても、それでもお前が生きているだけで、意味があるんだよ」
その言葉が、彼女の震える指先を止めた。
剣がするりと手から落ち、乾いた音が静寂の中に響く。
アルネリアはゆっくりとこちらを向いた。
涙で濡れた瞳。その奥には、深い絶望と、わずかな困惑と、ほんの一滴の――希望が揺れていた。
「……なぜ、そこまで……?」
「……答えは、ひとつしかないだろ」
一歩、踏み出す。
この言葉を口にすれば、もう戻れない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「……好きなんだ」
夜が止まったようだった。
風が、時間が、すべてが静止する。