第18章 if もしもあの時、止めていたら。
彼女は唇を噛み、深く視線を落とす。
今にも崩れ落ちそうなその肩を、俺は両手で支えた。
「今は……ダメだ。そんな身体で行かせるわけにはいかない」
「……ッ」
「明日だ。夜が明けたら、俺が一緒に行く」
その言葉に、彼女はようやく力を抜いた。
肩が落ち、頭が沈む。
それでも、瞳だけは決して死んでいなかった。
明日へ――たった一晩だけの猶予を、彼女は選んだ。
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翌朝:別れ
朝日が昇り始めた頃、戦場はもう戦場ではなかった。
血の匂いは風に攫われ、焼け跡は片づけられ、旗はどこかへ回収されている。
そこに残っていたのは、布に覆われた担架――ただ一つ。
布が静かにめくられる。
その下にあるのは、あの日あの時まで「絶対」だと思っていた人の、あまりにも静かな顔だった。
血の気を失っても、その表情はなお威厳を保ち、誰よりも美しかった。
「……ルカ様」
アルネリアは名前を呼んだ。
その声が音になった瞬間、崩れ落ちるように彼の胸元へすがりつき、泣きじゃくった。
剣としてではない。
ただひとりの女として――あの人の名を愛した者として。