第18章 if もしもあの時、止めていたら。
傷で床に伏せている彼女に、最悪の知らせを告げなければならない――そう思った瞬間から、胸の奥が重く沈んでいた。
どうか、口を開かずに済む未来が来てほしいと何度も願ったが、奇跡は起きなかった。
俺は扉の前に立ち、拳を三度叩く。乾いた音が小さく響く。
中から返事はない。だが、彼女が中にいることは分かっていた。
意を決して、扉を開ける。
「……アルネリア」
自分の声が、死の匂いを纏っていた。
いつもなら真っ直ぐな瞳で見返してくる彼女が、その声だけで何かを悟ったようにわずかに身を強ばらせる。
「……言いづらいことだが、聞いてくれ」
喉が焼けるように痛い。言葉が刃のように重く、唇を裂きそうだった。
「ルカ様の夜襲の策が……破れた。撃たれたらしい。……致命傷だ」
沈黙が、部屋を支配した。
一瞬、風の音も止んだかのような錯覚に陥る。
「……嘘、でしょう」
か細い声。祈りのような声だった。
「嘘なら、どれだけ良かったか……」
次の瞬間、彼女は力が入らないはずの手で寝台の縁を掴み、体を起こそうとした。
傷口が開き、包帯が赤く滲む。それでも止まらない。
「待て」
咄嗟に腕を伸ばして、彼女の肩を押さえる。
「行かなくては……!」
「ダメだ」
「行かせてください……!」
「行かせない。……命令に、背くつもりか? 医者の命にも、ルカ様の命にも」
声が掠れていた。怒鳴るつもりはなかった。
ただ、必死だった。祈るような気持ちで、彼女を引き止めていた。