第17章 最終章 黒の王と白の剣
【後半:シード視点】
扉が閉まる音は、柔らかかった。
止めようと思えば、できた。
肩を押し倒し、寝台に縫い付けることも。
それでも俺は――退いた。
夜明け前、報せが来た。
「アルネリア、戦場にて自決。ルカ様の亡骸の傍らで」
喉に水を流し込む。砂に変わる。
胃に落ちるはずのものが、胸の奥で固まって動かない。
(俺は――)
言葉は形にならず、肋骨の内側で暴れ続けた。
***
戦場は、異様なほど静かだった。
燃え残りの布、湿った土、薄まる血の匂い。
兵の姿はもうない。誰かが、敢えてここを空にしたのだ。
(――クラウス。お前の采配か。)
二つの影が寄り添っている。
主と剣。
それ以外の名を、俺は持たない。
近づくと、膝が勝手に折れた。
アルネリアの顔は、ひどく穏やかだった。
指先に触れる。冷たい。昨夜の温度が嘘になる。
「アルネリア」
名を呼ぶ声が壊れる。
涙は出ない。出る場所が、もう残っていない。
……気配。
振り向かない。
分かる。クルガンだ。
影の中、誰にも見えない位置で、こちらを見ている。
彼は、出てこない。出てきてはいけない。
俺も、振り返らない。振り返ってはいけない。
それが、今の秩序だ。
砂を握る。拳に石が食い込み、やっと痛みが形になる。
形になった痛みだけが、今の俺を繋ぎ止める。
足音――敵の靴。
顔を上げると、距離を測った位置にクラウスが立っていた。
互いに剣へは手をやらない。
彼は短く一礼し、抑えた声で言う。
「……ここは空けました。しばらく、誰も近づけません」
敵同士の距離と、同じ戦場を生きた者の距離が、奇妙に重なる。
「俺は……」
言葉が見つからない。
「俺は、止めるべきだったのか」
クラウスは目を伏せ、僅かに首を振った。
「どれを選んでも、あなたは悔やんだでしょう。――記録には、残しません」
救いではない。裁きでもない。
ただ、沈黙を守るための決裁。
俺は一度だけ頷いた。
それで十分だった。
クラウスは踵を返し、兵を伴って遠ざかる。
足音が消え、再びここは“誰もいない”戦場になる。
影の向こうで、クルガンの気配が微かに動いた。
――何も言わないでくれ。
言葉にされたら、俺は立てなくなる。
彼も、それを知っている。
だから、黙って見ている。
俺も、見せない。