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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第17章 最終章 黒の王と白の剣


そこで、雫がこぼれた。
頬を伝った涙が、包帯の白に落ちて、音もなく消える。

長い沈黙。
やがて、彼の手がそっと退いた。
道が開く。代わりに、彼の胸の奥で何かが軋む音がした。

「……ありがとう」

立ち上がる。
その瞬間――

「ッ……」
傷口が開いた。
熱いものが布を濡らし、血が足首へ落ちる。
壁に手をつき、一歩、二歩。
世界がかすむ。
それでも、行く先はたったひとつだ。

***

野は、夜の名を失っていた。
待ち伏せの炎が低くではなく高く燃え、血と鉄の匂いが風にちぎれていく。
足元には味方も敵も崩れ、旗は焼け、影は短い。

輪の向こうに、黒い地面と赤い斑点。
その中心に――ルカ様。

膝が砂を打つ。
脇腹がひらき、息が白む。
頬に触れる。冷えていく途中の温度。
「ルカ様」
瞼が震え、目が開く。
わたしを映す。それだけで、すべてが満ちた。

「……来た、のか」
掠れた音。

「はい。遅れて、申し訳ありません」

唇が、言葉を探すように動く。
声が追いつかない。
世界の時間が、わたしたちのために鈍く伸びる。

「俺は、お前を、愛――」

そこで、糸が切れた。
息が止まり、胸が動かない。
言葉は未完のまま、真実だけを残して消える。

輪になっていた都市同盟の兵が一歩後ずさる。
誰かが低く制止の合図を出した。
(――クラウス。)
遠目に紋章の影が揺れ、指揮の手だけが静かに動く。
彼は近づかない。近づかせない。
余計な声が、この場を汚さないように。

わたしは短剣を抜いた。
敵に向けるためではない。

「……最期まで、お傍に」

刃が胸の前で静かに立つ。
息を吐く。
ルカ様の髪に唇を寄せ、そっと触れる。

痛みは、もう遠い。
世界が白く、そして暗くなる。

――落下。
そこで、すべてが軽くなった。

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