第17章 最終章 黒の王と白の剣
【前半:アルネリア視点】
夜が深くなるほど、命令は重くなる。
幕舎の灯が落とされ、寝台の木目を月が薄く撫でていた。
脇腹に巻かれた包帯は清潔で、だからこそ血を呼び寄せそうな白さだった。
「動いてはいけません」
医師は結び目を確かめ、低く言った。
「出るなど以ての外です。これは、命令です」
その言葉は、いつもならわたしを軽くしてくれる。
命じられれば迷いは消え、斬るべき方向だけが残るから。
なのに今は、鎖の音のように耳に重い。
日が暮れる直前、幕の外から声が落ちた。
「……剣は休め。今夜は来るな。命だ」
ルカ様の声。
わたしは平伏し、「了解」とだけ結んだ。
それが忠義だと、信じた。
***
夜半――戸口が二度、ためらうように叩かれた。
「アルネリア」
声で分かる。シードだ。いつも軽いはずの声が、土の匂いをしていた。
「……言い辛い。――ルカ様が、夜襲で撃たれた。致命傷だ」
胸が先に理解した。
脇腹が熱を持ち、指先の感覚が引き、水の底に引きずられるみたいに世界が遠のく。
「……嘘、でしょう」
「嘘ならどれだけ良かったか」
そこから先は、考えるより先に身体が動いた。
寝台の縁を握りしめ、上体を起こす。木が軋む。
「待て――」
シードの手が肩にかかる。掴む力は十分にある。
「命に、背くつもりか?」
喉が鳴った。
涙が熱の芯を押し上げ、視界を揺らす。
「……わたしは、命より先に“歩み”を差し出しました。」
声が掠れて笑ってしまう。
「最初のあの日から、歩く先はずっとルカ様です。背くのではありません。――お願いします……行かせてください」