第16章 特別幕間 赤の葛藤(シード視点)
俺? 俺はまあ、どっかの柱の影で、自分の胸ぐらを掴んでる。
「落ち着け。お前は側近だ」
「わかってる」
「なら、笑って手を動かせ」
「やってる」
滑稽だろ。
でも、これが俺の戦い方だ。
⸻
宴がおさまり、夜気が廊下を洗うころ。
俺は人気のない回廊で、手袋の指先をきゅっと締め直した。
遠く、控えの間の灯りが一度だけ揺れて消える。
彼女は休んだ。よく眠れるといい。
ルカ様は――椅子のきしみが一度。多分、最後まで残っていた。
そういう方だ。
知っている。
だからこそ、なおさら、俺はここに立っている。
誰もいない石床に、靴音が跳ね返る。
胸の底の火は、まだ消えない。
消したくない、とも思わない。
消さないでいられるくらいには、俺は大人だ。
誰にも燃え移らないように、胸の中でだけ燃やし続ける。
それが、俺の“恋”の形になる。
――恋、なんて言葉は似合わないけどな。
でも、たぶん、それだ。
名をつけたからって、戦が変わるわけじゃない。
ただ、刃の重心がすこし変わる。
なら、握り直せばいい。
それだけだ。
⸻
翌朝、訓練場。
朝露が砂を濡らし、刃の抜ける音が澄んで響く。
アルネリア の一太刀は、やっぱり綺麗だ。
昨日よりほんの少し、柔らかい。
それがいい。
剣は強いだけじゃ足りない。
斬った先を選べる強さが、いちばんの強さだ。
「シード」
背後からクルガンの低い声。
「水場の手配、感謝する」
「気にすんな。俺のけじめだ」
短い沈黙ののち、クルガンは小さく頷いた。
「――お前も、よくやっている」
それだけ言って、離れた。
十分だ。余計な言葉はいらない。