第16章 特別幕間 赤の葛藤(シード視点)
笑うなよ、俺の心臓。
お前の主は剣だ。跳ねるのは戦のときだけでいい。
……そう言い聞かせながら、俺は広間の隅で盃をひとつ空けた。水だ。最初は水――あの夜に学んだ“秩序”だ。
灯りの輪の中心で、アルネリアが静かに頷いた。「最初は、水を」
侍従が差し出した杯を受け、彼女は喉を潤す。
その向こうに立つのはルカ様。視線は短く、言葉は少ないのに、この場の温度をいつも通りに整えている。
二人のあいだは、もう誰の目にも明らかだ。剣と皇。命と赦し。呼吸と拍動。
――そして、互いが互いを選ぶという、ごく単純な真実。
分かってる。俺はそこに割り込まない。割り込めない。
奪いたいなんて、一度だって思わない。
それでも、喉の奥に熱がこびりついたまま離れない夜がある。
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最初はただ“怖ぇ”だけだった。
彼女の目も声も、全部が刃物でできてて、俺の軽口なんか一太刀で落ちる気がした。
「邪魔なら斬ります」――あの硬さ。
ところがどうだ、あれから時間が経って、喉を焼く酒に咳き込み、甘い泡で肩の力をほどき、机に頬を預けて眠る彼女を見た。
あの瞬間、俺は初めて、“剣ではない”アルネリアの息づかいを知った。
喉が鳴った。恐怖でも欲でもない。
名前のない、ただの“熱”。