第15章 幕間 月に注ぐ淡い光
Ⅷ. 翌朝の回廊
朝。
訓練場の掛け声が遠く、窓の白がやさしい。
アルネリアが身を起こすと、腹の重みは半分ほどになっていた。
「……動けるのか」
「はい。ルカ様の、おかげです」
ベッドから降りようとする アルネリア。
そばに来て、支えるルカの掌。
寝台から降りる足取りは慎重だが、痛みは波の底にある。
扉の外へ出ると、廊下はひんやりと澄んでいた。
歩幅は彼女に合わせて短く、曲がり角では自然と彼が外側を歩く。
何も言わずに、当然のように。
「鍛錬は見学のみ。反論は?」
「……ありません。」
「よし。」
短い会話。
それだけで、胸の奥が満たされる不思議。
Ⅸ. ふたりの背を見て(クルガン&シード)
訓練場の端、日陰。
シードが顎を上げて廊下の端を示す。
「――並んで、歩いてる。」
「距離、いつもより近いな。」クルガンが目で測る。
「間に刃が入らない距離だ。」
「おいおい、詩人度が上がってるぞ。」シードが笑う。
「でもまあ、いい。あの背中を見りゃ、誰でもわかる。
“触るな、俺のものだ”ってやつ。」
「軽口を叩くな。……構え直せ。」
「はいはい。――にしても、陛下があそこまで甘くなるとはな。
戦のない休戦って、良い副作用があるもんだ。」
木剣がまた歌い出す。
背筋が、いつもよりわずかに伸びた声で。
Ⅹ. 小さな余白
昼。
「…もう平気です。」
「知っている。」
「訓練所に、行っても?あの二人には迷惑をかけました。
命令通り、見学のみにします。」
「それなら構わない」
ほんの短いやりとりが、甘い。
アルネリアが出て行く直前、ルカは外套をふわりと肩へかけた。
「冷えたら戻れ。――必ず、だ。」
「……はい、ルカ様。」
呼び方ひとつで、胸の奥が静かに鳴る。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
残された部屋には、葡萄と生姜の香りと、整った寝具の温度がまだ残っていた。
ルカは一度だけ窓から訓練場を見やり、すぐ視線を戻す。
机上の書類に手を伸ばし――しかし、指先はしばし動かない。
心の底で、名前のない苛立ちが、ゆっくりと別の形へ変わっていく。
守るための刃。抱くための腕。
休戦が終わる日が来ても、この温度だけは、終わらせない。
火は静かに燃え、風は穏やかだった。
白狼の腕は、今日も彼女を囲う場所で、たしかに在り続ける。
