第15章 幕間 月に注ぐ淡い光
Ⅳ. 変わりよう(クルガン&シード)
訓練場。
木剣の歌は規則を取り戻し、砂が小さく舞う。
「……今の、見たか?」シードが息を整えながらぼやく。
「あのルカ様が、人前であんな自然にお姫様抱っこして退場って。
一体何があったんだか。」
「変わったんだろう」クルガンは間合いを指で示しつつ短く言う。
「いや……違うか。あれが本来だ。剣に、ようやく鞘ができた。」
「相変わらずお前は詩人だな。」シードが肩で笑う。
「でも、わかるよ。背中の“触るな”って空気、いつも以上だった。
――守る相手がいる人の、ああいう背中。」
「お前もたまには守れ。口を閉じて構えろ。……入るぞ。」
「わかってるさクルガン。あー、でもさ。」
シードは木剣を構え直しながら目を細めた。
「最近の陛下、機嫌いい日が増えたよな。……誰のおかげか、言わずもがな。」
「軽口を叩くな。」言いつつも、クルガンの口元は僅かに緩んでいた。
Ⅴ. うたた寝の合間(アルネリア)
浅い眠りのふちで、温石の熱が呼吸と重なる。
額の口づけの場所が、まだかすかに温かい。
痛みは消えていない。けれど、波は幾分、やわらいだ。
「……ルカ様。」
「起こしたか。」
椅子の軋みはない。すぐそばにいる。
目を開ければ、視界の端に青。
「……少し、楽に。」
「そうか。」
わずかに顎が動く。
それだけで、部屋の空気が緩む。
「侍医と侍女は廊下に待機させている。要るなら入れる。」
「……大丈夫です。ルカ様の方が、効きます。」
眠気に紛れた小さな冗談。
返ってきたのは、短い沈黙――そして、髪を梳く指先。
「熱が落ちたら、粥を持ってこさせる。薄い塩でいいな。」
「……はい。」
「痛みが戻ったら言え。温石を替える。」
「……はい。」
質問は、もうなかった。
代わりに、手が静かに額を撫で続けた。
Ⅵ. 夕暮れの匙
日は傾き、窓の縁に橙が集まる。
小ぶりの椀に温い粥。塩をほんの少し、刻んだ生姜が香る。
「食え。」
ルカは椀を片手に、そして、彼女の口元へと匙を近づける。
匙が軽く鳴り、粥が唇に触れる。
「……自分で、できます。」
「知っている。」
返事の代わりに、もう一匙。
熱の通り道を確かめるように、ゆっくり、ゆっくり。