第15章 幕間 月に注ぐ淡い光
Ⅰ. 窓の向こう(ルカ)
執務室の窓の下で、剣戟の音が規則正しく重なる。
休戦中でも、アルネリアはいつもの位置にいた。
クルガンが木剣で間合いを締め、シードが軽口を飛ばしながらも、目は獲物を逃さない。
その中央で――白。
刃の通り道だけが、風のように澄む。
(……相変わらずだ。)
本来、訓練所を覗く暇などない。
だが視線は窓に吸い寄せられ、気づけば足が扉へ向いていた。
「外出だ。書類は後回しにする。」
外にいた部屋を守る兵にそう伝え、返事を待たず、青いマントは廊下に消えていった。
⸻
Ⅱ. 訓練場の異変
円の呼吸が、かすかにずれた。
アルネリアの肩が一瞬だけ落ち、手が腹へ入る。
刹那、色が薄くなる。
「おい、アルネリア!」
シードが真っ先に駆ける。
クルガンも反対側から支え、膝を着いたまま息を合わせた。
「……ッごめんなさい……いつもの、だから……。」
言葉は短く、それ以上は言わない。
二人は、目だけで頷いた。
「――退け。」
風が切れ、周囲の空気が張り詰める。
兵がはっとして道を開け、ルカが真っ直ぐ歩み込む。
「何事だ。」
アルネリアは、誤解を生まぬようだけを選んで告げた。
「……いつものものです。……少し、重くて。」
「そうか。」
それだけ聞けば十分だった。
ルカはためらいなく腕を差し入れ、彼女を抱き上げる――姫抱き。
アルネリアは大人しく身を委ね、呼吸だけを整える。
「……ルカ様……このようなことは、していただかなくても……」
「いい。」
短い一言で遠慮を切り捨て、振り返りざまに命じる。
「訓練は続けろ。シード、クルガン、指揮を取れ。」
「御意。」
「御意。」
青が翻り、白い髪が肩越しに流れた。
木剣の音が、いつもの拍へ戻っていく。