第14章 その名に宿るもの
火がひとつ、ぱち、と鳴った。
張り詰めていた糸が、音もなく解けていく。
「本当に、いいのか。」
「はい。」
彼は最後の確認を、低く、ゆっくり重ねる。
「痛むことがあれば、すぐに止める。言え。」
「言います。……でも、きっと要りません。」
沈黙の中で、互いの指がからまる。
それは契約でも血の誓いでもない。
ただ、今この瞬間の、自分たちの意思。
「……後悔するなよ。」
「しません。」
言葉が橋になる。
距離が溶ける。
髪に、額に、頬に、確かめるような口づけが降りる。
命令では届かない場所を、名で、呼吸で、埋めていく。
「来い。」
命令の形をした、やさしい招き。
彼女は頷き、自ら身を寄せた。
心が、先に重なる。
続いて、腕が、背が、体温が――ゆっくりと重なる。
灯が小さく揺れて、影がひとつになる。
外の世界は遠のき、音は二人の鼓動だけになる。
その夜、二人は静かに身を重ねた。
痛みはここにはない。
あるのは、名前を呼ぶたびに確かになる、生の温度だけ。
――闇はやさしく二人を包み、火は何も見なかった。