第14章 その名に宿るもの
「……眠いか。」
「少しだけ。でも、眠る前に――」
身を起こし、正面からこちらを見る。
揺れる灯の中、その瞳は澄んでいた。敗北でも勝利でもない、誓いの前の目。
「私の意志で、お側にいます。剣としてだけでなく、女として。
――それでも、よろしいですか。」
長く、静かな沈黙。
声に正しい名前を与えるための沈黙。
「……アルネリア。」
名を呼ぶ。ここから先は、命令の言語では足りない。だから、きちんと音を選ぶ。
「お前が、俺のすべてだ。」
それは誓いだった。支配でも所有でもない。
与える側に立つことへの、遅すぎる宣言。
アルネリアは微笑し、目を閉じ、ゆっくり頷く。
肩を寄せ、額を胸に置き、指を絡める。
互いの名を、もう一度だけ呼び合う――
「ルカ様。」
「アルネリア。」
それは戦の号令ではなく、夜を閉じる合図。
灯が小さく鳴り、やがて沈む。闇はやさしく二人の輪郭を曖昧にする。
そこにあるのは、温度と呼吸と、静かな安らぎ。名に宿ったものが夜を満たしていく。
――この名を呼ぶ限り、
――この愛に名を与えた限り、
明日がどれほど血に濡れても、帰る場所が一つある。
眠りの手前で、もう一度だけ思う。
戦でしか生きられないと信じていた男が、名を呼ぶことで、ようやく生に触れたのだと。
外は静かだった。風のない夜。
遠くで鐘が二つ鳴り、ゆっくりと溶けていく。
二人の寝息だけが、確かな時間として残った。