第14章 その名に宿るもの
その一言が胸の中心を静かに割る。
己がいつからか忘れていた願い。命を繋ぐ意味。
奪うことでしか立てなかった男の中に、与えるという形が生まれる。
「来い。」
今度のそれは、命令ではない。橋を架ける言葉。
彼女は頷き、自ら身を寄せる。
肩が、背が、指が、互いを確かめ合い、夜は二人を包み込んだ。
世界がひとつ分、静かになる。
火の音が遠くなり、代わりに心音だけがはっきりと響く。
痛みではなく、熱。渇きではなく、満ちていく実感。
彼女の吐息が耳をかすめ、そのたび胸の奥の糸がほどける。
名を呼ぶ。何度でも。
そのたびに、彼女は同じ温度で応えた。
――あなたの名を呼ぶことが、
――わたしの生きることだと、
その声が言っていた。
いつの間にか、戦で磨いたはずの強さは、別の形に変わっていた。
壊さないための力。守るための刃。抱くための腕。
そのすべてが、今この夜にはじめて意味を得る。
やがて、静けさが戻る。
終わりではなく、満ちた後の静穏。
肩で整う呼吸が重なり合い、汗に濡れた髪が額に貼りつく。
灯が小さく揺れ、陰影が肌の上で眠る。
「……寒くないか。」
「大丈夫です。」
絡めた指が外れないよう、彼女は軽く握り返す。
視線が交わり、微笑が交わる。
彼女は迷いなく、ただの女として、ただの人として、そこにいた。
そして――自分もまた、ただの男として、そこにいることを許されている。