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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第14章 その名に宿るもの


初めて、自分の意志で差し出される温度。
これまで彼女は命令に従ってきた。今、この一歩だけは命令ではなく――選択だ。

抱き寄せる。抵抗はない。腕の中で息が深くなる。
奪い征するための力ではなく、確かめ繋ぐための力。
唇が触れ、刃のような緊張が甘い鈍痛に変わる。
彼女の指が強く布を掴み、すぐに緩む。
互いの呼吸が混じり、鼓動が近くで鳴る。夜はさらに深く、二人の周りだけ時間を遅くする。

唇が離れた一瞬の、短い空白。
彼女の頬は熱に染まり、瞳はとろんと光を含む。

その瞬間、ルカは静かに身を屈めた。
片腕を彼女の背に、もう一方を膝裏に差し入れる。
軽やかに――姫抱き。
アルネリアの視線が揺れ、反射的に首へ腕が回る。

「……ルカ様、私……歩けます……。」

「いい。」

一言に、拒む余地はない。だがその声は不思議と温かい。
彼は立ち上がり、灯のゆらめく部屋を横切る。
肩越しに白い髪が流れ、彼女の体温が胸に寄り添う。
床板がわずかに鳴り、ベッドの端が視界に近づく。
そっと降ろされる瞬間、彼女の指先が名残惜しげに衣を摘まんだ。

「……怖くないか。」

「怖くありません。――ルカ様が、いらっしゃるから。」

その応えが、最後の錠を外す。
外套が滑り落ち、留め具が解かれ、布の擦れる細い音が夜に散る。
肌と肌が触れた刹那、戦場の記憶が遠のいた。
血の匂いはどこにもない。あるのは微かな葡萄酒と、彼女の髪の香り。

「……アルネリア。」

名を呼ぶたび、彼女の瞳が柔らかくなる。
指先が傷跡の起伏をなぞり、そこに積み重なった年月が指へ移る。
彼女もまた、こちらの古い傷に指を止め、ふと見上げて微笑んだ。

「――生きていて、よかった。」
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