第13章 休戦の夜
廊下に足音だけが続く。
(謝らなければ。陛下に、ちゃんと)
扉の前で拳を握り、ノックする。
「入れ」
低い声。鼓動が強くなる。
扉を開けると、ルカが机に向かい書類を整理していた。
朝の光が、彼を薄く照らしている。
「……失礼いたします」
深く頭を下げる。
ルカは視線を上げ、手を止めた。
「もう歩けるのか」
穏やかで厳格な声音。
いつも通りのはずなのに、その瞳の奥に昨夜の余韻がわずかに揺れている。
「はい……。お休みを頂いたのに、部屋に籠っているのがどうにも落ち着かなくて」
「ふむ。そうか」
椅子を離れ、窓際へ歩く。
外の訓練の声が遠くに聞こえる。
「それで、ここへ来た理由は?」
唇を噛み、息を整える。
「昨夜は……無礼を働きました。
主である陛下の前で取り乱し、涙を流すなど。
それだけでなく、あのような願いまで……本来なら──」
「それで謝りに来たのか」
短く遮る。叱責の響きはない。
「……はい」
再び頭を下げる。
短い沈黙ののち、窓の外を見たまま低く言った。
「謝ることではない」
顔を上げる。
「……陛下?」
「誰にでも限界はある。
長く戦い、血を浴び、命を奪ってきた。
それでもなお、涙を流せるのは――心が生きている証だ」
ゆっくり振り返る。
黒髪の影が光を裂き、瞳は冷たいはずなのに、今は微かな温度を帯びている。
「俺が求めるのは、命令に従う機械ではない。
自分の意思で立ち、自分の手で剣を握る者だ。……お前は、それができる」
言葉を失う。胸が熱い。喉が詰まり、視界の縁が滲む。
彼の声が、骨の内側に沁みていく。
机上の書類を整え、彼は続けた。
「お前が俺に仕えて五年。
あの村で倒れていた女が、ここまで立ち続けた。……俺は、それを誇りに思う」
熱が喉へせり上がり、震えながら声になる。
「……ありがとうございます」
一歩近づき、彼女の肩に手が置かれる。
「休め。命令だ」
短く、柔らかな一言。
それだけで胸の張り詰めた糸がひとつ解けた。