第13章 休戦の夜
その瞬間、涙がひとすじこぼれた。
音もなく、頬を伝い、白いシーツに小さな点を残して消える。
言葉は不要だった。
頭に置いた手で、ただ静かに撫で続ける。
冷たいはずの掌が、今だけは温かい。
やがて涙は細り、止まった。
呼吸が整い、まぶたが静かに閉じる。
寝顔は、不思議なほど穏やかだった。
しばらく見つめる。
炎の明滅が頬をやわらかく照らし、銀髪が赤く染まっては、また月光の色に戻る。
静かに立ち上がり、鎧を外す。
金属の擦れる音が、夜に溶けた。
戦の匂いが薄れ、葡萄と蝋と髪の香りが残る。
(……戦わずに眠れる夜くらい、あっていい。)
ベッドの端に腰を下ろす。
布が沈み、彼女がわずかに身じろぐが、すぐ静まる。
そっと隣へ横たわり、腕を伸ばす。
肩を包むと、彼女は無意識に身体を寄せた。
温かい。
戦場では決して得られぬ温もりだ。
その息づかいが、胸に沁みた。
天井を見上げ、目を閉じる。
燃えた村、乾いた血の匂い、剣の音。
そして今の静けさ。
遠い二つの夜が、薄い膜のようにつながっていく。
(……お前だけは、失いたくない)
声にならぬ想いが、音もなく燃え続けた。
彼女の肩に顔を寄せ、目を閉じる。
部屋には二人の穏やかな寝息だけが残り、
風が窓を揺らし、遠くの鐘が夜の終わりを告げた。
◆翌朝(アルネリア視点)
陽はすでに高いのに、部屋はまだ静かだ。
シーツにわずかな温もりを感じながら、彼女はゆっくり目を開ける。
昨夜のことが、淡い残像になって胸に残る。
ワインの香り、静かな声、掌の温もり。
(……陛下……)
思い出すたび、胸がきゅっと縮む。
夢ではない。確かに泣き、彼はその涙に触れた。