第13章 休戦の夜
机に伏して眠る彼女を見下ろす。
頬に残る紅と、ほどけた髪。
静かな寝息が規則正しく響く。
その姿をこのままにしておくのは、どこか忍びなかった。
(……机よりは、ベッドの方がましだろう。)
そっと腕を伸ばし、彼女を抱き上げる。
軽い。驚くほどに。
戦場ではあれほどの剣を振るうというのに、
今、その体からは血の匂いも力の気配も消えていた。
その瞬間――
『……っ、陛下?』
小さな声。
彼女が目を覚ました。
ぼんやりと瞬きを繰り返し、自分が抱かれていることに気づく。
姫抱きのまま、顔を真っ赤にして言葉を探した。
「……起こしたか。」
ルカは静かに、しかし柔らかく囁いた。
彼女は慌てて身を起こそうとするが、すぐに頭を押さえ、身体を傾ける。
『わ、私……歩けます……ので……っ』
「良い。」
その一言が、すべてを封じた。
拒む余地も、遠慮も許さない。
それでいて、声には不思議な温かさがあった。
彼女の体温が腕の中で伝わる。
軽く、熱い。
細い肩が震え、胸元にもたれる息が衣を濡らした。
その呼吸のたび、かすかな葡萄酒の香りが漂う。
ルカは無言のまま歩き、ベッドの傍へ行く。
ゆっくりと身体を下ろし、布団を掛ける。
その動作に一切の迷いはなく、まるで儀式のようだった。
彼女は布団の中で微かに身じろぎ、目を開けた。
紅潮した頬に、まだ熱の名残が残る。
『……陛下。』
「なんだ。」
『もう一つだけ……わがままを言っても、よろしいでしょうか。』
「話せ。」
『……頭を、撫でてくださいませんか。』
その言葉は、まるで記憶の底から零れ落ちた子どもの声のようだった。
ルカは黙って手を伸ばす。
指が髪を梳き、銀糸が静かに指の間を流れる。