第13章 休戦の夜
香りが、彼女の思いを語っていた。
「……もう五年になりますね。陛下に拾われてから。」
「ああ。」
普段なら、人の言葉など耳に残らない。
だが今夜だけは違った。
酒のせいか、灯のせいか。
あるいは――彼女の声の温度のせいか。
「……あの時は、大変失礼いたしました。陛下に、剣を向けるなどと。
それに、あの時に何があったのか、まだお話ししておりませんでしたね。」
「話す気があるなら、話せ。」
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そして、彼女は語った。
炎の奥に沈むような声で――あの夜の記憶を。
父を失い、母を憎み、血でしか立てなかった少女の記憶を。
焼けた村と、崩れた家屋。
母の裏切りと、彼女の手に残った温い血。
そして、死の中で見上げた“黒い影”――ルカ・ブライトとの出会い。
言葉が静かに尽きたとき、部屋にはただ炎の音だけが残った。
彼女はグラスの底を見つめ、かすかに笑みを浮かべた。
その笑みが痛かった。
「……そうか。」