第12章 幕間 戦略家の沈黙
クラウスは、沈黙を選ぶ。
沈黙は、時に最大の助力になる。
“知らないふり”は嘘ではない。守るべきものが見えているからこその政治判断だ。
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夜。
帳面に羽根筆を落とし、クラウスは一行だけ書く。
――「本日、宴次第につき記録不要」
その下に、何度も使ってきた印を静かに押す。
「不要」は、怠慢ではない。
秩序を保つための、意図的な空白だ。
窓を開けると、遠く訓練場の砂の匂いが入ってきた。
明日もまた刃は交わり、決裁は積み上がるだろう。
だが、その合間にある“人間の匂い”を、記録に閉じこめるつもりはない。
(シード。あなたはきっと、この火を誰にも見せずに燃やし尽くす)
燃やし尽くす――その選択を、クラウスは尊重する。
それは忠誠であり、誇りであり、何より“彼”の矜持だ。
そして、アルネリアはおそらく気づかない。
気づかないままでいていい。
その無知が守る均衡も、世界にはある。
筆を置く。
灯を一段落とす。
クラウスは最後に、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「――みな、よくやっている」
それで十分だ。
戦略家の沈黙は、今夜も秩序の味方である。