第11章 幕間 剣を見つめる者たち
クラウス ― 戦略家の視線の先で
夕刻の回廊を歩きながら、クラウスはふと足を止めた。
広場の向こう、訓練を終えた兵たちが笑い声を上げている。
その輪の中に、見慣れた姿があった。
アルネリア――陛下の剣。
かつて戦場で、ただ冷たく無音の刃として存在していた彼女が、今は小さな笑みを浮かべている。
それは決して大きな変化ではない。だが、戦略家の眼にはそれがはっきりと「兆し」として映った。
“この剣は、いずれ帝国の秩序そのものを変える。”
命じられて動く刃から、自らの意思で選ぶ剣へ。
その道を歩き始めた彼女の背中は、もはや道具ではなく“力”そのものだ。
クラウスは深く息を吸い、空を仰いだ。
――帝国の未来は、ここからだ。
***
シード ― 境界線の向こうに
訓練場の隅で腕を組み、シードはぼんやりと彼女を見ていた。
焚き火の光に照らされた横顔。
兵たちと話すときの、わずかに柔らかくなった口元。
その一つひとつが、気づけば目で追ってしまう。
(……馬鹿だな、俺)
心のどこかで、そう呟く。
剣として信頼し、戦友として尊敬している。
それだけのはずだ。それ以上を望んだところで、何も変わらない。
それでも――
その手が血に染まっていないときの彼女を、もう少し見ていたいと思ってしまう。
シードは頭を掻き、苦笑いを浮かべた。
これは“恋”なんかじゃない。ただの“欲”だ。
だが、戦場で失われるものばかり見てきた自分にとって、その欲はどこか温かかった。
「……いい顔してんな、アルネリア」
その呟きは、誰にも聞こえなかった。
***