第11章 幕間 剣を見つめる者たち
一太刀ごとの“ためらい”ではない。
もっと深く、もっと根の部分で、刃が“選んで”いる。
斬るだけでなく、“どう斬るか”を考えるようになったのだ。
「クルガン、これは……陛下はお喜びになりますでしょうか」
「……ああ。おそらく、な」
彼女が手にしているのは、小さな香布。
戦士には不要な品。だが、贈り物にはなる。
いや――“贈りたい”と、そう思ったのだろう。
戦場では考えもしなかったはずのことを、今の彼女は考えている。
それは剣が“ただの道具”であることをやめ、人としての意思を持ち始めた証だ。
「お前は、ずいぶん変わったな」
「そうでしょうか?」
「ああ。最初は、ただ斬ることだけを考える“刃”だった。今は……斬った先のことまで、考えている」
「……それは、弱くなったということではありませんか?」
「違うな」
クルガンは首を振った。「それは“強くなった”ということだ。剣が選ぶ一太刀は、命じられた一太刀よりもずっと重い」
彼女はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……精進します」
その言葉が、妙に嬉しかった。
まるで、我が子が初めて自分の意志で歩き出すのを見守るような感覚。
ただし、それは親としてではなく――戦友として、同じ剣を握る者としての誇らしさだ。
夜。城壁の上、月明かりに照らされた訓練場で、彼女は一人剣を振っていた。
刃の軌跡は夜気を裂き、やがて空へと溶けていく。
「剣は、お前に生き方を教えてくれる」
彼はかつて弟子にそう言ったことがある。
だが今は、もう一言を加えるべきだと感じている。
――人は、剣に“心”を教えてやらなければならない。
今の彼女なら、それができる。
剣としての強さを失わず、人としての歩みを知ることができる。
「……これからが本当の戦いだな」
誰にも聞こえない声で、クルガンは呟いた。
その戦いとは、敵を斬る戦ではない。
“自分が何であるか”を選び続ける戦いだ。
そして、それができる者は強い。
彼はそう信じている。
だからこそ、彼女の背を、安心して任せられるのだ。
「頼んだぞ、アルネリア」
月明かりの下で、彼の視線は剣の影を追い続ける。
それは戦士としての誇りであり、何よりも深い信頼の証だった。