第11章 幕間 剣を見つめる者たち
「クラウス」
不意に名を呼ばれて、我に返る。
呼び捨て――しかしその声音には、以前にはなかった柔らかさが宿っていた。
「どうかしましたか」
「……わかりません。ただ、今日の空が、やけに青く見えるのです」
「そういう日もあるものです」
「“剣ではない日”……というのでしょうか」
「ええ、そうかもしれませんね」
ふと、風が二人の間を抜けた。
戦場のそれではない、柔らかな風だった。
クラウスはそのとき、はっきりと自覚した。
自分がこの女に抱いているのは、単なる敬意ではない。
冷静な分析でもない。
もっと名のない――もしかすると“憧れ”と呼んでいい感情だった。
“剣”としてしか生きられない者が、今、“人”として生きようとしている。
その姿が、ただ眩しかった。
「……陛下は幸運です」
ぽつりと呟くと、アルネリアが不思議そうにこちらを見た。
「何が、でしょうか?」
「あなたのような剣が、ここにいるということが」
言葉の真意を掴みかねているような表情。
だが、それでよかった。
理解されない方が、この感情はきっと長く、静かに胸に居続ける。
――彼女はまだ“刃”だ。
だが、いずれその刃は、“誰かを守るための剣”になる。
その日が来るまで、自分はただ、観察者として隣を歩こう。
帝国の未来がどこへ向かおうとも、この“変化”を見届けるのが、自分の役割なのだから。
***
空が暮れ始める頃、クラウスはふと足を止め、振り返った。
夕陽に照らされたアルネリアは、まるで本当に“人”の姿をしていた。
その背に、どんな未来が待っているのか――
彼はまだ知らない。
だが、ただ一つだけ確信していた。
「――あの剣は、いつか世界を変える」
その予感は、戦略の計算ではなく、胸の奥で芽生えた直感だった。