第2章 狂皇子との出会い — 血の契約
祈りを捧げるその背に、蹄音が近づいてきた。
馬の鼓動が土を震わせ、夜の空気が微かに震える。
ゆっくりと彼女は振り返る。
十にも満たない数ではなかった。二十ばかりの兵が、列を成して立っていた。
その群の中に、一人の男がいた。青いマントを翻し、茶褐色の馬に跨ったその姿は、冷たい光をたたえた瞳を持っていた。氷のように澄んだ瞳が、夜を切り取る。
「生き残りか…?」
別の兵が声を漏らす。言葉には殺意と好奇が混じっていた。
また来たのか――アルネリアの胸に、怒りがゆっくりと湧き上がる。
村から奪えるものなど、もう何も残っていないはずなのに。
ならば、私も奪おう。お前たちの命を——。
言葉の代わりに、彼女は剣を握り締めて地を蹴った。
刃が閃き、馬上の男の頬を僅かに掠める。赤い線が光る。金属の鋭い音が夜を裂いた。衝撃に押され、アルネリアは死体の山へ叩きつけられる。だが、体は再び起き上がる。血に濡れた手で柄をつかみ、再び構えた。
「かかれ!」
兵の一群が突進する。刃が火花を散らし、短い悲鳴が幾度か上がる。アルネリアは息を荒げながら、鎧の隙間を狙って刃を滑り込ませた。倒れる者、呻く者。彼女の周囲は瞬く間に生と死の境となる。それでも、止まることはなかった。
青のマントの男は、静かにその光景を見ていた。ルカ・ブライト——彼の瞳に宿るものは驚きではない。むしろ、低い興味と、どこか享楽にも似た共鳴。まるで狩りに喚起された獣が、遠吠えを抑えているかのようだった。
やがて彼は馬を下り、淡い声で呟く。
「……まだ、動くのか。」
兵が道を開け、彼が一歩を踏み出す。アルネリアは勢いをつけて踏み込み、最後の力を振るった。だが次の瞬間、彼の剣が重く、確実に振り下ろされ、彼女の手から剣を弾き飛ばした。足がもつれ、膝が地に落ちる。視界が滲み、音が遠のく。
落ちる意識の淵で、アルネリアの最後の思考が閃いた。
――この者たちは、さっきの兵たちとは違う。紋章も服色も異なる。だが、そんなことはもうどうでもいい。
そして闇が、ゆっくりとそのまま飲み込んだ。