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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第1章 滅びゆく村


「若い」「綺麗だ」「まだ使える」
その言葉が耳を刺した。

痛みが肉を裂き、心が砕けても、祈りだけは残った。
――父様。どうか母をお守りください。

火が回る前に、父が母を地下室に隠していた。
きっと、そこなら安全なはず。
そう信じていた。

だが夜が更けた頃、焼け跡から母が出てきた。
そして、その光景が――アルネリアの心を完全に殺した。

母は笑っていた。
兵たちと共に、金や装飾品を掻き集めながら。
鈴のような笑い声が、炎の中に響いた。

「報酬は約束通りね。これで……都会に住める。
 ああ、退屈だったのよ、この村は。
 泥に塗れた暮らし、鈍くて愚かな人間たち……ようやく終わったのね。」

――母は、都市同盟の密偵だった。

村の情報を渡し、そして犠牲にした。
すべては、「退屈な牢獄」から抜け出すために。

その瞬間、アルネリアの胸の奥で何かが静かに裂けた。
怒りも悲しみも消え、ただ冷たい闇だけが残った。

夜明け前。
焚き火の残り火がわずかに赤く揺れている。
アルネリアは這うように火へ近づき、縄を炙った。
焦げる匂いと共に、繊維が切れる。
腕の焼ける痛みさえ、もう感じなかった。

自由を取り戻した手で、近くの兵の剣を掴む。
その夜、彼女を止められる者は誰もいなかった。
怒りも悲しみも超えた、純粋な意志――ただ、生を賭して報いるために。
斬り、突き、燃え落ちる村を駆け抜ける。
血が流れても、止まらない。

そして、銀の髪を見つけた。
母だった。

アルネリアは地を蹴り、母を掴んで地に叩きつけた。
母が泣き叫ぶ。命乞いをする。
だが、それはもう言葉ではなかった。
アルネリアは無言で剣を突き立てた。

刃が、母の心臓を貫いた。



翌朝、村に生き残ったのはアルネリアただひとりだった。
彼女は父の亡骸を抱きしめ、声が枯れるまで泣いた。
涙が尽きると、静かに動き始めた。
村人を埋め、墓標を立て、父の剣をその傍らに突き立てる。

そして、兵たちと母の亡骸をひとところに集めた。
それは、死の山だった。

燃やしたかった。だが火はもうなかった。
燃える光景を思い出すのが、怖かった。

彼女はただ、父の墓前に跪き、祈るように手を組んだ。

その指先は震えていた。
けれど、瞳の奥に宿る光だけは、決して消えていなかった。
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