第10章 幕間 剣ではない時間
夕陽が街を金色に染める頃、四人はゆるやかな坂道を戻っていた。
石畳の向こうに皇都の城壁が見え、その上空には茜と群青が入り交じった空が広がっている。
「……結局、決まらなかったな」
シードが頭を掻きながら言う。
「それでいい。剣の一振りと違い、贈り物に“最善”はない」
クルガンが短く返す。
「それに、今日の目的は“買うこと”じゃなく、“考えること”でしたからね」
クラウスの言葉に、アルネリアは小さく頷いた。
「考えること……」
口の中でその言葉を繰り返す。
“考える”――戦場では常にそうしてきた。敵の位置、味方の動き、自分の刃が届く範囲。
だが今日の“考える”はそれらとまったく違う。
相手を斬るためではなく、“誰かのため”に考える時間だった。
それは、剣でいる限り決して知ることのなかった思考だ。
***
城門をくぐる頃には、空には一番星が瞬き始めていた。
一日の疲れは心地よく、身体を縛る“任務”の鎖はどこにもない。
ただ、自分が“生きている”という感覚だけが、胸の奥に残っている。
「なあ、アルネリア」
ふいにシードが横に並んだ。
「なんですか」
「今日のお前、ちょっと違ってたぞ。前より、“人間”だった」
「……それは褒め言葉なのでしょうか」
「もちろんだ」
シードは笑った。「剣のままでも強いけどな。剣じゃないお前も、悪くねぇ」
その言葉に、アルネリア不思議と否定の言葉が浮かばなかった。
“剣ではない自分”――それはまだ小さく、たどたどしい存在かもしれない。
だが確かに、今日一日で、それが生まれたのだ。
「……ありがとうございます」
「お前、素直じゃねぇな」
「貴方が言いますか」
笑い合う二人の声を、後ろからクルガンとクラウスが静かに見守っていた。
その空気は戦場とはまるで違う。けれど、そこにも確かに“絆”と呼べるものがあった。