第10章 幕間 剣ではない時間
「どうだ? 兵糧と違って、うまいだろ」
「……はい。こういうのも、悪くありません」
「おー、珍しいな。“悪くない”なんて言葉が出るとは」
シードが口の端を吊り上げると、アルネリアは視線を逸らした。
こうした“何気ない会話”に、いまだ慣れていない自分が少しだけ可笑しく思える。
「今日は鍛錬じゃなく、街まで降りるぞ」
「街……ですか?」
「お祝いの品を選びに行くんだよ。お前が前に言ってただろ、陛下への献上品は“剣以外”にしたいって」
「……覚えていたのですね」
「忘れるかよ。あの“剣以外”って言葉、珍しく震えてたからな」
シードの軽口に、アルネリアは少しだけ眉をひそめた。
図星すぎて反論できない。
***
街へと続く坂道を下ると、陽射しはさらに柔らかくなり、風は戦場のそれではない香りを運んでくる。
焼きたてのパン、果実の露、子どもたちの笑い声。
ひとつひとつが、剣の感覚とはまるで違う。
「剣が空気を読むんじゃねぇ、空気が剣を包むんだ」
シードが、妙に詩的なことを口にした。
「……意味がよく分かりません」
「分かんなくていい。こういう日は、分からなくていいんだ」
歩調が自然と緩やかになる。
剣を抜く理由がない世界では、時間はこんなにも遅く流れるのか――アルネリアはそんなことを考えていた。