第9章 幕間後日談 甘さの残り香
一 「反省会という名の飲み会」(シード/クルガン/ソロン)
あの夜から三日。
厨房の隅、酒樽の陰に卓を一つこしらえ、三人は向かい合っていた。
シードはいつもの笑顔で誤魔化そうとし、クルガンはいつもの無言で圧をかけ、ソロンはいつもの薄笑いで温度を測る。
「――で、まずは言い訳を聞こうか」
ソロンが杯を揺らして言う。
「言い訳? 違う違う、“総括”だろ」
シードは肩をすくめ、軽くエールをあおる。「最初の一杯、エールは普通。二杯目のウイスキーだって少量ーー」
「そこが問題だと言っている」
クルガンは短く断ち切った。「初めての者に渡す酒ではない」
「結果的にはミモザで収束したし、笑顔も見られただろ?」
シードは負けじと続ける。「ほら、あの、口の端がちょっと上がるやつ。俺初めて見たんだぞ」
「笑顔というより、“警戒解除”の兆候だな」
ソロンは落ちた泡を目で追い、「で、その後、君は何を注いだ?」
「“シャンパンを足す風”にオレンジを継ぎ足した」
シードは胸を張る。「見た目は祝い、実質は回復。完璧な采配」
「采配というなら、事前にやるべきは――」
クルガンが指で卓を軽く叩き、ひと呼吸置く。「水だ」
「……次からそうする」
素直に頷くシードを見て、二人の緊張がすこし解ける。
「しかし」
ソロンが杯の縁で指を鳴らす。「彼女が“甘さ”を拒まなかったのは収穫だ。甘味は毒にも薬にもなる。匙加減次第、ということだな」
「毒にならないよう、周囲が匙を持つ」
クルガンは低く言い、視線を上に向ける。「特に――」
三人の視線が、同時に天井の向こう側を見た。“上”の部屋で、あの夜、誰が灯りを落とさず残ったか。
名は出さない。だが、答えは一つ。
「……総括、完了」
シードは杯を空けると、真顔になった。「次は、最初から甘いので行く。あと、水」
「加えて、塩気のあるものを挟む」
クルガンが頷く。
「そして観察は冷静に」
ソロンが笑む。「観察に、余計な意味を混ぜないことだ」
「それは……俺じゃなくて、あいつに言ってくれ」
シードは苦笑いし、次の話題に移った。「――ところで、クラウスの分の紅茶は? 未成年は飲ませないって約束だったよな」
「整えてある」
クルガンが顎で示す。湯気の立つ小さなティーポットが、三人の間に置かれた。
彼らの“後始末”は、いつだって準備から始まる。
