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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第8章 幕間 祝いの夜


アルネリアは席を立ちかけて「陛下」と口を開いたが、クラウスが手を振って制した。
今夜ばかりは、礼も形式も不要だ――そう言わんばかりに。

杯を重ねるごとに、アルネリアの頬はほんのりと紅を帯び、瞳の焦点が遅れて戻るようになっていた。
剣のように張り詰めていた姿勢は少しずつほぐれ、肩は力を抜き、指先はグラスの縁をくるくると弄ぶ。
戦場では決して見せぬ仕草。それは“白き剣”が、わずかに鞘に戻った瞬間だった。

「甘いものには強いみたいだな」
シードが笑うと、アルネリアはじっと彼を見つめ、ややむっとした顔をする。

「……子ども扱いはやめてください」

叱責の言葉ではあったが、その声音にはいつもの鋭さはない。
それどころか、今の彼女はただの“ひとりの娘”のようにも見えた。

「悪かった、悪かった。じゃあこれはどうだ?」

シードがテーブルの中央から葡萄のタルトを手元に寄せ、皿ごと差し出した。
アルネリアはそれを見て少し迷い、やがて小さく頷いてフォークを手に取る。
ひと口、口に含んだ瞬間――瞳が丸くなった。

「……これも、甘いですね」

「やっぱり甘党決定だな」
シードが肩を揺らして笑うと、アルネリアは珍しく唇の端を上げた。
それは“笑顔”と呼ぶにはあまりに控えめで、けれど戦場の彼女を知る者からすれば、驚くほど柔らかい表情だった。

その様子を見つめながら、クラウスは静かに思う。
――これはただの酒ではない。
勝利の宴でもない。
この夜は、彼女が「剣」ではなく「人」として息をしている、初めての夜だ。

「観察はほどほどにな」
ソロン・ジーが、杯を揺らしながら小声で囁いた。
「若い眼は、時に余計な意味を混ぜる」

「……観察です」
クラウスは短く返す。ソロンは「それでいい」と微笑んだ。

***

グラスが三杯目に差しかかるころには、アルネリアの頬はすっかり赤く染まり、言葉の端々もどこか柔らかくなっていた。
普段なら決して誰かに触れようとしない手が、気付けば隣の袖口をそっと摘んでいる。
ふらりとした仕草で誰かの肩に凭れ、ほんのわずかな体温を探すように寄り添ってしまう。

それは“隙”ではなかった。
それは“寂しさ”だった。
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