第8章 幕間 祝いの夜
炉の赤い炎が、祝いのざわめきに合わせて揺れていた。
今宵は戦の勝利を祝う宴であり、同時にもう一つ――皇国の“白き剣”が二十の齢を迎えた記念の日でもあった。
戦場を離れた大広間には、笑いと声と盃の音が満ちている。
甲冑の軋みも、血の匂いも、この夜ばかりは遠い。
ただひとつ、剣の音だけがどこか耳の奥に残っているような気がした。戦は終わった。だが、彼らの明日はまだ剣の上に立っている。
それでも――この夜だけは。
「お前も、ようやく飲める歳になったな」
声をかけてきたのはシードだった。手にした琥珀色のエールを一口飲みながら、笑みを浮かべる。
そのもう一杯を、彼はアルネリアの前に差し出した。
「……命令、でしょうか」
「いや、祝いだよ。――まあ、“命令”ってことにしてもいいけどな」
からかうような声音。アルネリアは一瞬だけ考える素振りを見せ、やがて「拝命」と短く返して杯を受け取る。
初めて嗅ぐ、麦の匂い。焼けた穀の香りが鼻をくすぐる。
ごくり、と口に含んだ瞬間――舌先が苦味に覆われた。
「……苦い」
彼女はわずかに眉をひそめ、言葉を止めた。
シードが大げさに目を丸くする。
「おいおい、舌はまだ子どもか? じゃあ、こっちを試してみろよ」
笑いながら、今度は透明な液体の入ったショットグラスを手渡してくる。
「ウイスキーだ。これぞ“大人の酒”ってやつさ」
「……拝命」
短く返して、アルネリアはそれを受け取る。
逡巡も迷いもない。彼女は一気に飲み干した。
瞬間、喉の奥に火が走る。焼けるような熱が胸の奥へと落ちていき、思わず咳き込んだ。涙がにじみ、声にならない息が漏れる。