第7章 白の剣に見たもの
草原に、灰色の風が吹いていた。
重い雲が垂れこめ、空は鉄のように鈍く光る。
地平の果てまで、整然と並ぶ軍列。
青き旗が風を裂き、地を踏み鳴らす蹄の音が空を震わせた。
五千の兵。
その中心に立つ男――ルカ・ブライト。
茶色の馬に跨り、手綱をゆるやかに操る。
黒髪が風に揺れ、青のマントがはためいた。
瞳は深い闇のように冷たく、
その奥に宿るのは、光ではなく“虚無”だった。
「敵は三千。都市同盟の一派です。」
参謀の報告にも、ルカの顔は一切動かない。
「潰せ。」
ただ一言。
それは命令というより、宣告だった。
彼の声が響くたび、空気が張り詰め、兵たちの鼓動がそろう。
ルカ・ブライトの戦場に、熱はない。
あるのは冷たい秩序と、殺戮の静寂。
そして、その後ろに立つ一人の女――アルネリア。
彼女の鎧は白かった。
焼けるような風の中で、ひときわ鮮やかに輝く。
血と煙の色が支配するこの地で、
その白は“異端”のように浮かび上がっていた。
彼女は無言で剣を抜いた。
滑らかな動作。
指先から剣先まで、呼吸がひとつの流れのように繋がっている。
その静謐な所作は、まるで儀式だった。
ルカの黒い瞳が、一瞬だけその姿を捉える。
炎の前に立つ白。
その対比が、戦場の色を決定的に二分していた。
理由もなく、彼の胸の奥で何かが小さく鳴る。
それは理解できない微かな“違和”。
だが、その感覚を押し殺すように、
彼は茶の馬の腹を軽く蹴った。
「……進め」
低く、鋼のような声。
それだけで、五千の軍が一斉に動いた。
地がうねり、鉄の奔流が風を切る。
血の匂いがまだ漂っていないのに、もう勝敗は決まっていた。