第6章 焦がれることを知らぬ者
焼け落ちる家の光を背に、血を吐きながらも立ち上がろうとする姿。
泣き叫ぶ子どもの声に、わずかに目を曇らせた表情。
あれはただの一瞬の出来事だった。
にもかかわらず、なぜあれほど心が乱れたのか。
「……くだらん。」
再び同じ言葉を吐く。
だが今度の声には、わずかな焦りが混ざっていた。
彼は杯を机に叩きつけた。
赤い液が飛び散り、木の上で血のように広がる。
その光景を見て、ルカは自分でもわずかに笑った。
「血か、ワインか。……区別もつかん。」
そのまま立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
月光が彼の頬を照らし、頬の古傷を白く浮かび上がらせた。
あの女の目。
死を恐れず、憎しみの炎の中でなお静かに燃える光。
まるで自分と同じものを見ているような――そんな錯覚。
その思考を断ち切るように、ルカは拳を握りしめた。
「違う。あれはただの剣だ。俺の剣だ。」
声は低く、だが明確だった。
それは自分自身に対する命令。
心が揺らぐことへの拒絶。
それでも、胸の奥に残った熱は消えなかった。
まるで、アルネリアの血の匂いが、今も指にまとわりついているかのようだった。
ルカは深く息を吐き、マントを翻す。
「……また戦が始まる。」
誰にともなく言い残し、部屋を出た。
回廊の先に続くのは、戦場への道。
血と煙と絶叫の世界。
それこそが、自分の居場所――そう信じてきた。
だがこの夜。
その信念の片隅に、薄氷のような“違和”が生まれた。
それが崩れる日は、まだ遠い。
だが確かに、その一歩が踏み出されていた。
月が沈む。
城は静まり返り、蝋燭の炎が短く揺れる。
そしてルカ・ブライトは、自らの狂気を確かめるように、
無言のまま、暗闇の中へと消えていった。