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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第24章 追加if 最終前夜 ― 最初で最後の口づけ


夜が、少しずつ白んでいく。
鳥の声も鐘の音もまだ世界に訪れず、ただ静けさと冷たさだけが、城全体を包んでいた。
廊下の石は夜の名残を抱き、踏みしめるたびにかすかな音を返す。その音だけが、戦場へ向かう“俺”の存在を確かめてくれる。

武具はすべて整っている。剣も、装備も、そして覚悟も。
どれもが数え切れない死地をくぐり抜けてきた相棒たちだ。
それでも――ひとつだけ、まだ終わらせていないことがあった。

――どうしても、もう一度だけ、彼女に会わなければならなかった。

扉の前で足を止める。手袋の下の指が、わずかに震える。
戦場に立つ前よりも心臓が強く脈打つのは、この先に「戦いよりも辛いもの」が待っていると分かっているからだ。

静かに息を吸い、吐く。拳を握り、ためらいを押し殺して扉を叩いた。
音は小さくても、彼女はすぐに気づく。

「……シード?」

掠れた声が木の向こうから響く。眠っていなかったのだと分かる。
部屋へ入ると、アルネリアは寝台から降りて窓辺に立っていた。
夜明け前の淡い光が白い髪に滲み、風が静かに裾を揺らす。
その姿は、戦場という血の匂いとは無縁の、穏やかな幻のように見えた。

「……」

言葉が出ない。胸の奥で何度も言葉が形を変えては消える。
だが、時間はもうあまり残されていなかった。都市同盟軍はすぐそこまで迫っている。
次にこの扉を出れば、もう戻ってこられないかもしれない――そして、彼女もそれを理解しているようだった。


「……行くの、ですか」

その声は静かで、穏やかですらあった。
泣き叫ぶでもなく、縋りつくでもない。
ただ淡々と、けれどその奥底には、言葉にならない震えが隠れている。

「ああ」

それしか言えなかった。
どんな言葉を並べても、真実はひとつだけだ。

「……シード、貴方も、私を……置いていくのですか」

今度はその声音が揺れた。
心の奥の奥から滲み出すような震えが、鋭く胸に突き刺さる。

「すまない」

その一言が、刃よりも深く自分を傷つける。
彼女を傷つけることも分かっていた。それでも、他に言葉はなかった。

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