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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第23章 追加if それから しまっておく気持ち


「アルネリア」

「……はい」

「今日も、生きてくれてありがとう。……愛してる」

「……ありがとう……私…も…」

彼女は目を伏せ、言葉を奥にしまい直した。
扉は壊れていない。ただ、今日はいったん外して、また丁寧に嵌め直しただけだ。
外から見れば何も変わっていない。けれど、蝶番だけが、少しだけ滑らかになっていた。



その日から、帳面には小さな印が増えていった。
“帰還”。“泣いた”。“抱きしめ返した”。
短い線が並ぶたびに、彼女は思う。
「裏切りではない」とは書けない。けれど、「裏切りだけではない」となら、書けるのだと。

夜、灯を半分落とした部屋で、彼はいつものように尋ねる。

「抱きしめてもいいか」

アルネリアはうなずく。言葉がいらない夜もある。
腕の中に収まり、呼吸を合わせる。
まぶたの裏に浮かぶのは、ルカ様の名前。消えない。消さない。
そのすぐ隣に、別の温度が静かに並ぶ。名はつけない。つけずに、ただ受け入れる。

「苦しくないか」

「……大丈夫、です」

「……よかった」

彼の胸の鼓動に合わせ、アルネリアは小さく息を吸った。
しまっておく気持ちは、今日も場所を持っている。
けれど、その場所は少しだけ広がっていた。二人分の呼吸が、静かに収まるほどには。



日々は続く。
帰りが遅れる夜もあれば、遅れない夜もある。
「おかえり」と言う回数は少しずつ増えて、「いってらっしゃい」はいつも同じ強さで送り出す。
「愛してる」は、彼がときどき置いていく。拾うのは、彼女の役目だ。

最終戦の朝だけは、まだ来ていない。
その朝のことを考えるたび、胸の奥の扉に手を当てる。
開け放しにはしない。閉め切りもしない。
鍵はかけず、音がしたら分かるようにしておく。

それでいい、と今は思える。
それでしか、生きられない、とも。

城の窓の外で、風が鳴った。
灯は細く、長く燃える。
近くにある体温だけが、夜の深さを測ってくれる。

その温度がある限り、彼女は今日の欄にこう書ける。

――生きた。
そして、しまっておけた。少しだけ、こぼれた。
自覚したくはないけれど、私は、きっと――
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