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黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第23章 追加if それから しまっておく気持ち


朝の城は、静寂という名の薄い膜に包まれている。
夜の冷たさがまだ石造りの壁に残っていて、誰も通らない回廊の奥で、古い燭台がひとつだけ息をしている。
アルネリアはいつもの小部屋の卓で湯を沸かし、二人分の茶を用意していた。
一つは湯気だけが立ち上り、もう一つは自分の両手で包み、じんわりとした温もりを確かめる。
それは「生きている」という確かな手続きのようなものだった。

やがて、扉の蝶番がきしむ音がする。足音のリズムで、誰が来たのかは分かる。

「……ただいま」

「おかえり、なさい」

シードは外套を脱ぎ、重たい鎧の留め具を外した。肩の動きが、少しだけ鈍い。
は布を取り、無言のまま彼の手を取った。煤に紛れて見えにくいが、浅く切れた傷がいくつもあった。

「痛みますか」

「平気だ。浅い」

「……よかった、です」

湯気の向こうで、彼は微かに目を細めた。
二人で茶を飲む。言葉は少ない。音も少ない。
それでも、この静けさは冷たくない。氷ではなく、体温の隣にある静けさだ。

「アルネリア」

「……はい」

「今日も、生きてくれてありがとう。……愛してる」

その言葉は、なにかを求めるための呪文ではない。
彼にとってそれは、目の前の彼女が「ここにいる」という事実を撫でるような、祈りの言葉だった。
アルネリアはうつむき、湯気の向こうに視線を沈める。

「……ありがとう」

それ以上は言わない。言えない。
胸の奥では、まだ別の名前が熱を持ち続けている。その熱が消えることは、きっとないのだと知っているから。



日々は似ているようで、少しずつ違っていく。
昼、アルネリアは窓辺に腰掛け、繕い物をする。外套の縫い目、手袋の穴、襟のほつれ。
針が布を貫くたび、かすかな音がして、心臓の鼓動がゆっくりと落ち着いていく。
「剣を握る手の代わりに針を持つ」と決めてから、手は少しずつ“生きる手”を思い出し始めた。

夕刻、彼は必ず戻ってくる。
扉が開くたび、アルネリアは茶を二つ用意する。そのうち一つは、彼のためにいつも温かくしておく。

「上手くなったな」

「まだ、です。何度もやり直しました」

「やり直した分だけ、強くなるんだ。布も、心も」

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