第1章 壱 紅い月
「ははっ、君……本当に可哀想だ」
男は私の首に扇子を押し付けて、ぐい、と顔を近づけた。端正な顔に虹色の瞳が至近距離でこちらを見ている。
近くで見つめれば分かったことがある。彼は変わらず屈託のない笑みを浮かべているが、その目はとても笑っているとは思えなかった。同じような人間だからわかる。……心の底が冷たいのだ。
この男はまるで氷像だ。その様は無駄がなく美しいのに、冷え切って中身がない。
あまりに美しくて、瞳を少しも逸らせなかった。
「……きみ、私と少し似ています。ずっと昔に心が死んで、それから、笑ったふりばかりしていました」
彼の気分次第で即首が飛ぶような状態にあるのに、私の口はよく回り出して止まらない。もう死んだ身だからだろうか。凪いだ心をざわつかせるような、この胸に渦巻く好奇心を優先してみたくなった。
或いはかつて親友を救えなかったことを、もしかしたらこの男に勝手に重ねてしまっているだけなのかもしれない。だからか、どうしても、今ここで私が言わねばならないと思った。
「……私、あなたの笑顔が見てみたいです」
男は笑うのをやめた。それから、じい、と虹色の瞳でこちらを見る。
実際には数秒のことだっただろうが、ずいぶんと長い時間見つめあっていたような気がする。
「君、心が綺麗なんだね。そういう気配がするよ」
ぽつりとそう呟いたかと思えば、途端にぱ、と首に突きつけていた扇子を離し、満面の笑みを浮かべる。
頬を上気させて、何事かに興奮したようにこちらを見た。
「なんだろう、この感覚。ぞわぞわして変な感じ。……ねえ、これが恋っていうやつかなあ!」
男は言うなり私の体を起こすとぎゅうぎゅうと強すぎる力でハグをしてくる。突然のことに困惑する私をよそに、彼は何事か1人で盛り上がっているらしい。さすがに力は抜いているようだがこちらも気を抜くと骨が折れそうだ。
「ち、違うと思いますけど……」
「そうかい? じゃあこれが本当に恋かどうか、暫く一緒にいればわかるんじゃないかな!」
楽しそうな男を前に忘れていた罪悪感がぐりぐりと抉られる。頭の奥では常にあの日の赤信号とサイレンが鳴り響いているのに。私には人に愛される資格などない。
「……私は地獄に落ちるべき人間です。やめたほうがいいですよ」