第2章 弍 黎明
しかし話題はそこで遮られた。オムライスとコーヒーが届いたからである。
やや硬めにまとめられた卵の上にケチャップがかけられており、卵の下から赤いチキンライスが覗いている。まさに手作りの素朴なオムライスという感じだ。
「わあ、美味しそうですね…! いただきます」
早速スプーンを手に取ろうと机に視線を戻す。が、スプーンがない。確かオムライスと一緒に運ばれてきたと思ったのだが……。
「はい、あーん」
どこへ消えたのかと思えば、それは童磨の手の中にあった。先ほどまで間違いなく私の目の前にあったのに……いつ取ったんだろう、全然見えなかった。そしてオムライスをすくうところももちろん見えなかった。
正面の男は楽しげにオムライスを一口分すくったスプーンをこちらに向けている。
「そ、それはさすがに……」
「あーん」
「あの、童磨さ」
「あーん」
相変わらず笑顔の圧がすごい。先刻から彼は「あーん」しか言っていないのにどうしても断れないような気分にさせられる。
「……。…あ、あーん……」
結局私が折れてスプーンに口をつけた。
「どう? おいしい?」
「はい、すごく美味しいです。ふわふわとろとろで……」
口の中に広がった卵の優しい甘さに思わず口元を綻ばせる。それを見て彼も満足げに「そっかそっか〜」と笑っていた。
だいぶ恥ずかしかったけれど、彼が楽しそうだからまあいいか。
私たちはしばらくそうして食事を楽しんだ。周囲の人間にはごく普通の……いやむしろ、ラブラブなバカップルくらいには見えていたと思う。無論私たちは恋人の真似事をしているだけで中身は少しも伴っていないのだけれど。
それでも私にとっては心癒される時間だった。目の前の男は嘘ばかりついているし奇行にも走るが、同時に一切の悪意もない。そういう存在と過ごす時間は私にとって癒しに間違いはなかった。
私は平和な時代を生きていたごく普通の人間だったから、そんなふうに能天気に考えていた。人を食う鬼と過ごすというのがどういうことなのかを全く理解していなかったのだ。
「……いたぞ、鬼だ!」
店内にそんな声が響いたのは、私がお皿の4分の3ほどのオムライスを食べ終えた時だった。