第2章 弍 黎明
しかし上映が始まって少ししたものの、童磨が私から視線を逸らす気配は一切ない。目を合わせるのが恥ずかしくてずっと正面を見ていたが横から突き刺さる視線が尋常ではないために見なくても分かる。
どうにか童磨も映画の方を見てくれないかと視線に耐えようとしていたが、結局しばらくして私の方が折れて横を向いてしまった。
目が合うと思ったより近い距離に顔があって胸が高鳴る。「前見て、前」と口をはくはくと動かしてみるも見ているのかいないのかにこにこと視線を返すだけだ。
「あなたはとても可愛らしい人だ。どうか私と夫婦となって欲しい」
正面のスクリーンから優しい男性の声が響く。ちらりと視線だけそちらを見れば、女性の手を取り薬の指へ指輪を通していくシーンだった。
「……!?」
かと思うと、私の左手に何かが触れて思わずびくりと体をこわばらせた。それが童磨の手だと気づいてすぐにそちらに視線を戻せば、彼は楽しげに私の薬指をなぞっている。映画の状況もあってか思わずドキドキと緊張してしまう。
彼は両手で私の左手を包み、私の目を見つめる。そして、唐突に。
「私と夫婦となって欲しい」
口が動いた。映画のセリフをそのままなぞっただけの、心の乗らない言葉。
途端、薬指に激痛が走る。
「……っ」
見れば童磨が指の爪で私の薬指の付け根をぐりぐりと傷つけていた。鋭い爪が突き刺さる、思わず絶叫してしまいそうな激しい痛み。声を抑えるように反射的に空いている方の手で口を押さえた。助けて、と目で訴えているうちに次第に生理的な涙が溢れてくる。
私が苦しげに涙を浮かべるほど、反比例するように童磨は楽しげに笑みを深めていく。このままでは指がちぎれてしまう気がした。
思考の一切が読み取れない、狂気の視線。彼の虹色の瞳はいったい今何を見ているのだろう。
しかししばらくそうしていれば、いきなり童磨は手を離した。解放され思わずほっと息をつく。いきなり爪を引き抜かれたせいか指はぼたぼたと垂れる血に染まっていた。
始まりも唐突なら終わりも唐突だ。
「……」
視線を落とす。彼に傷つけられていた薬指には、永久に取れない赤いリングが嵌まっていた。
「私たちでは身分が違いすぎます。きっと幸せにはなれないわ」
そんな映画のセリフが最後に耳に残っていた。