第2章 弍 黎明
当然そんなことはない。とはいえ私1人で着物を着られるかと言うと……無理である。着付けの仕方などわからない。
そうは言っても多分彼には人の男性から想像されるような邪な感情は一切ないのだろうが、だとしてもこちらは恥ずかしいのだ。
私がいつまでももじもじとしていると、合点が言ったように童磨は「ああ」と声を上げる。
「そっかそっか、恥ずかしいんだ。女の子だもんね。ごめんね!」
「はい、そうなんです。だからその後ろを向くなど……」
そういう感情も一応理解はできるんだなあとほっと息を吐きそうになった私だったが、続く言葉には開いた口が塞がらなくなってしまった。
「でも慣れてよ。恋をしている男女は裸を晒し合うんだろう?」
父上も何が楽しいのかそればっかりしていたよ、とからから笑う。無邪気な笑みだ。多分、彼には性欲とかそう言った類のものは本当にない。これは初めて知った感情というものに対する純粋な好奇心でしかない。
ため息を吐きそうになった私の手首を強い力で掴むと、ぐいと顔を近づけて屈託のない笑みを浮かべる。
「ね、そういうわけだから脱げるよね? ……俺と恋、するんだもんね」
その笑みには圧があった。有無を言わせない迫力。……昨夜感じたものと似ている。断ればあっさり飽きられて死、なんていうあっけないビジョンが脳裏に浮かんだ。ここで選択肢を間違えれば私は死ぬのかもしれない。
しかしどうしてか、私に浮かんだのは恐怖ではなかった。
「……はい」
ぽ、と赤くなった頬を隠すように下を向きながら、私は自然と頷いた。
これが吊り橋効果ってやつだろうか? 死と隣り合わせのスリルから心臓がどくどくと激しく脈打った。目の前の圧倒的な"男"に有無を言わさず屈服させられることが、自分の女としての本能を呼び覚ます。
私は一度死んで狂ってしまったのかもしれない。人ですらない眼前の化け物に、無茶苦茶な要求と命令をされているこの恐ろしいはずの時間を、どうしようもなく心地よく感じてしまった。
「いい子だねー、澪ちゃん」
童磨は服に手をかけた私の頬をひどく愛おしげに撫で付ける。それも愛おしく思っているフリなんだろうが、そのちぐはぐさにこそ妙に惹きつけられてしまうのだった。