第6章 薬の香りと、因縁
マルフォイは木曜日の昼近くまで姿を見せなかった。
ようやく現れたのは、スリザリンとグリフィンドール合同の魔法薬学の授業が半分ほど過ぎたころだった。
ホグワーツの地下牢に位置する魔法薬学の教室は、いつも湿った石の匂いと、煮えたぎる鍋から立ち上る奇妙な湯気で満たされていた。
薄暗い松明の光が、冷たく滑らかな石壁に揺らめき、生徒たちの顔に不気味な影を落とす。
右腕を大げさに吊り、包帯を巻いたまま地下牢の教室にふんぞり返って入ってくるマルフォイの姿は、まるで恐ろしい戦いを生き延びた英雄気取りだ。
「ドラコ、大丈夫?」
パンジーがわざとらしい笑顔で声をかけた。
「ひどく痛むの?」
「……ああ」
マルフォイは勇敢に耐えているような顔をしてみせる。
だがパンジーが視線を外した途端、クラッブとゴイルに向かってウィンクする。
その小賢しい仕草を、チユは見逃さなかった。ハリーも、ロンも、だ。
マルフォイの芝居がかった態度と、スネイプの明らかな偏愛――この教室は、公平さとは無縁の場所だった。
「座りたまえ」
スネイプの声は、氷のように冷たく、まるでマルフォイの遅刻など存在しないかのようだった。
チユの視線がハリーとロンに動く。
2人は顔を見合わせ、苛立ちを隠そうともしない。
「もし、わたしたちが遅刻したら、減点どころか罰掃除ものなのに……」
チユが小さな声で呟き、ハリーがうなずく。
今日の課題は『縮み薬』の調合だった。
チユは、丁寧に材料を並べ、羊皮紙に書かれた手順を何度も確認した。
だが、その集中をぶち壊すように、マルフォイがわざとらしくハリーとロンの隣に鍋を置いた。
チユも同じテーブルを使うことになり、内心で舌打ちする。
「先生!」
マルフォイが、わざと弱々しい声を張り上げた。
「この腕じゃ、雛菊の根を刻めなくて……」
チユは目を細め、彼の包帯をじっと見つめた。
(その包帯、緩すぎるじゃない……本当に怪我してるなら、もっときつく巻くはずだよ)
「ウィーズリー、マルフォイを手伝ってやりたまえ」
スネイプの声は、まるで氷の刃のように鋭く、チユたちを一瞥もせず発せられた。