第4章 闇を写す茶杯
チユがハーマイオニーにそっと紅茶のカップを差し出すと、ちょうど後ろを通りかかったトレローニー先生が大げさに眼鏡をずり上げ、覗き込んできた。
「……まあ」
かすかな、しかし重い息を呑む声。
チユの背筋に冷たいものが走った。
「羽根……羽根が見えますわ。ですが……それは飛翔を意味する軽やかな翼ではない。背に刻まれた、逃れられぬ運命の重い羽根……」
トレローニーの声は、煙のようにゆらめき、教室全体に漂った。
「隠されたものが、いずれ白日の下にさらされる……そのとき、あなたは深い孤独を知るでしょう」
チユの心臓が凍りついた。
息が止まり、胸の奥で何か重いものがうずくまる感覚。
彼女の指先は震え、カップが今にも滑り落ちそうだった。
(どうして……どうしてそんなことが分かるの?)
頭の中でその問いが渦巻き、抑え込んでいた秘密が、まるで生き物のようにざわめき、暴れ出した。
誰にも――決して誰にも知られてはいけないもの。
それが、トレローニーの曖昧な言葉に透かし見られた気がして、チユの心は恐怖と混乱で締め付けられた。
トレローニーはもうチユから目を離し、別の生徒のカップに視線を移していた。
だが、チユの耳にはまだあの言葉がこだまし、頭の中をぐるぐると巡っていた。
俯いたまま、チユは唇を強くかんだ。
紅茶の温もりも、教室の息苦しい熱気も感じられない。
心だけが冷たく、凍てついたまま、底の見えない淵に沈んでいくようだった。
(もし、誰かに知られたら……わたしは、皆といられなくなる……)
そんな考えが頭を支配し、彼女を孤独の淵に引きずり込む。
そのとき、隣からハーマイオニーの小さな囁きが聞こえた。
「気にしないで、チユ」
顔を上げると、ハーマイオニーの強い瞳がまっすぐチユを見つめていた。
「占いなんて馬鹿げてるわ。根拠なんてない。ただの思い込みよ。あなたの未来を決めるのは、あの人の言葉じゃない――あなた自身よ」
その真っ直ぐな言葉が、凍てついたチユの心にじんわりと染み込んだ。
「…わたし自身……」
チユは震える声でつぶやいた。
ハーマイオニーはふっと微笑み、チユの手をそっと握った。
その手の温かさは、チユが必死に守ってきた秘密の重さを、ほんの一瞬だけ軽くしてくれるようだった