第3章 吸魂鬼
「彼の魔法薬の腕は確かだ。信頼してるよ。」
リーマスの声は穏やかだったが、どこか遠くを見るような翳りが一瞬だけ見えた。
チユは唇を噛んだ。リーマスの言葉に安心したいのに、心の奥で何かが引っかかる。彼女はそっと拳を握り、呟いた。
チユは肩をすくめてみせる。
「わたしが——」声が途切れる。
胸の奥にある別の感情が顔を出す。いつもの自己嫌悪が押し寄せた。
「私が、脱狼薬を作れるようになっていたら……リーマスがこんな心配をしなくて済んだのに。」
言い終わると、チユの目がうるんだ。
言葉が胸を締めつける。
自分を責める気持ちが、夜の静けさの中で大きく膨らんでいく。
チユの瞳には、悔しさと無力感が揺れていた。
彼女は魔法の才能に恵まれていると自負していたが、薬学の複雑な知識はまだ彼女の手の届かない領域だった。
リーマスのために何かしたい――けれど、負担ばかりをかけてしまう。
その思いが、チユの心を締め付けた。
リーマスはチユの表情を見て、そっと彼女の肩に手を置いた。
「チユ、君は十分すごいよ。自分のペースで学んでいけばいい。…それに、君のその気持ちだけで、私は十分救われてる。」
彼の声は温かく、まるでチユの心の傷を癒す呪文のようだった。
チユは顔を上げ、リーマスの瞳を見つめた。
その優しい光に、彼女の心の重さが少しだけ溶けた。
「……うん。リーマス、ありがとう。絶対、すごい魔法使いになって、いつかリーマスを助けるからね」
彼女の声は小さかったが、揺るぎない決意に満ちていた。
リーマスは微笑み、軽くうなずいた。
「楽しみにしてるよ、チユ。さあ、もう寮に戻りなさい」
リーマスは彼女の髪をそっと撫でると――身をかがめてチユの額に軽く口づけた。
「おやすみ、チユ。」
その一言は、父親としての深い愛情が込められていた。
「……おやすみ、リーマス」
チユはもう一度リーマスに笑顔を向け、グリフィンドール寮への階段を駆け上がった。
背後で、リーマスの足音が静かに遠ざかる。
彼女の心には、新たな誓いが刻まれていた。