第1章 夏の知らせ
彼女にとって、人生で最も大きな喜びは、あの日――リーマスが自分を迎えに来てくれた瞬間だった。
静かな森の墓地を後にし、彼の手を取ってこの家に来たあの日の記憶は、チユの心に焼きついている。
だが今、この知らせを聞いた瞬間、その記憶に匹敵するほどの幸福が胸を満たしていた。
「リーマス、すごいよ!おめでとう!ほんとに嬉しい!」
喜びに押されるように、チユはテーブルを回り込んでリーマスに駆け寄った。
彼女は彼の手を両手でぎゅっと握り、まるでその温もりを確かめるように強く包み込んだ。
リーマスは一瞬、驚いたように目を丸くしたが、すぐにその顔に柔らかな笑みが広がった。
瞳に、優しさと少しの照れが宿っている。
「ありがとう、チユ。こうやって、最初に君に伝えられて、本当に良かったよ。」
リーマスはそう言って、テーブルの上に2つ目のマグカップを置き、ゆっくりと腰を下ろした。
チユも椅子に戻り、座り直したが、心はまだ高揚で波打っていた。
喜びの頂点にいるはずなのに、その裏側で、ふと小さな影が顔を覗かせる。
彼女の指がマグカップの縁をそっと撫で、視線が少しだけ揺れた。
「……リーマス、先生になっても、私のこと……置いていったりしないよね?」
その声は、思った以上に幼く、か細かった。
自分でも驚くほど、甘えた響きになってしまった。格好悪い。
なんて子供っぽいことを言ってるんだろう――そう思いながらも、チユはリーマスから目を離せなかった。
彼女の心の奥には、いつもどこかで『見捨てられるかもしれない』という不安が潜んでいる。
リーマスがホグワーツに行けば、彼女はまた1人になるのではないか。
そんな恐れが、言葉となって零れ落ちていた。
リーマスは一瞬、静かに彼女を見つめた。
困ったような、でもどこか温かい笑みが彼の唇に浮かぶ。
そして、ゆっくりと首を振った。