第1章 夏の知らせ
夕暮れの台所は、柔らかな橙色の光に染まり、洗いざらしのカーテンがそよぐ風にふんわりと膨らんでいた。
古い木のテーブルの上には、乾いたハーブの束がほのかな香りを漂わせ、どこか懐かしい安らぎを醸し出している。
チユは湯気の薄れたマグカップを両手で包み、窓の外に広がる夕焼けをぼんやりと眺めていた。
空は燃えるような赤から深い藍へと移り変わり、彼女の心に静かな波を立てていた。
ホグワーツでの出来事や、リドルの囁きが頭をよぎるたび、胸の奥に小さな影がちらつく。
それでも、この家――リーマスの家――の穏やかな空気は、チユをそっと包み込んでくれる。
扉が軋む音がして、チユはハッと顔を上げた。
リーマスが台所に入ってきた。
いつもの古びた上着を羽織り、袖口は少し擦り切れている。
手に持った封筒には、ホグワーツの封蝋が割れた跡がくっきりと残っていた。
チユの視線がその封筒に吸い寄せられる。
どこかいつもと違う、微妙な緊張感が彼の肩に宿っているように見えた。
「少し話があるんだ。いいかな?」
リーマスの声は穏やかだったが、どこか照れくさそうな響きが混じっていて、チユは思わず瞬きした。
普段の彼は落ち着き払っていて、こんな風にためらうことは滅多にない。彼女の心に、好奇心とわずかな不安が芽生えた。
「どうしたの?」
チユの声は軽く、からかうような調子だったが、目は真剣にリーマスを見つめていた。
マグカップをテーブルに置き、身を乗り出す。
リーマスは小さく笑い、封筒を手に軽く叩きながら、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「実は、この秋から……ホグワーツで『闇の魔術に対する防衛術』を教えることになったんだ。」
時間が一瞬、凍りついた。
チユの耳にその言葉が響き、次の瞬間、心の奥で何かが弾けた。
椅子がガタンと鳴り、彼女は勢いよく立ち上がっていた。
瞳がキラキラと輝き、頬が一気に熱くなる。
胸の奥で、固く凍っていた何かがパキンと割れ、温かな光が洪水のように流れ込む感覚がした。
「え、リーマスが……先生に? ホグワーツの!?」
声が震え、言葉が弾むように飛び出した。
驚きと喜びが混じり合い、チユの口元には抑えきれない笑みが広がる。