第2章 新学期への期待
夏休み最後の夜。
ハリーやハーマイオニー、ロンたちは『漏れ鍋』に泊まり、翌朝そろってキングズ・クロス駅へ向かう予定だった。
「チユも一緒においでよ」
彼らからそう誘われたものの、チユは首を横に振った
今日は、リーマスと慣れ親しんだこの小さな家で、ゆったりと過ごしたかったからだ。
古い木の床がきしむ音、窓辺に並ぶ埃っぽい本の匂い、暖炉の残り火の柔らかな光――すべてが、チユにとっての『帰る場所』になっていた。
毎年、夏休みの最終日は、胸にぽっかりと空いた穴のように寂しく、落ち込んでいた。
でも、今年は違う。もう、お別れの日じゃない。
明日もリーマスと一緒にホグワーツ特急に乗り込む。
――そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
暖炉の火が静かにぱちぱちと弾け、古い木の壁がその暖かさを吸い込み、チユとリーマスは小さなテーブルを挟んで座っている。
湯気の立つハーブティーのカップを両手で包み込み、チユはそっと息を吐く。
外では風が窓ガラスを叩き、魔法界のざわめきを運んでくるようだった。
「ねえ、リーマス……そういえば、ダイアゴン横丁で誰かがアズカバンから脱走したって聞いたの」 チユの声は小さく、好奇心と不安が混じっていた。
言葉を口にした瞬間、部屋の空気が少し重くなった気がした。
暖炉の火が一瞬、勢いを増したように見えた。
リーマスはカップをテーブルに置き、瞳を暖炉の炎に落とした。
しばらくの沈黙の後、低く落ち着いた声で答えた。
「……そうだね。君が聞いたのは、シリウス・ブラックの脱走のことだろう」
彼の指がカップの縁をなぞる仕草は、普段の穏やかさとは裏腹に、わずかに緊張を帯びていた。
「シリウス・ブラック……」
チユはその名前を口の中で転がすように繰り返した。
冷たい響きが、喉の奥に残る。
「闇の勢力に加担して、たくさんの人を……」
リーマスの言葉は、火のはぜる音にかき消されそうなほど静かだった。
まるで、過去の影を呼び起こさないよう慎重に選んだ言葉のように。
「……そんなに怖い人なの? 」
彼女の声には、子供のような純粋さと、ホグワーツの生徒らしい好奇心が混ざっていた。だ
が、心の底では、夏の穏やかな日々が一瞬で崩れそうな予感がざわついた。